[アルゼンチンのゲイ・ライツ、正式に施行]
以前も書いたアルゼンチンの新法──同性カップルを正式に認知し、異性カップルと同等の権利を与える──が4月より正式に施行される。
Gay rights landmark [LATIN AMERICA PRESS ]
(一緒に掲載されている画像がキュート)
オランダやベルギーのように結婚、養子縁組は認められていないが、この法律が画期的なのは、南アメリカというカトリックの影響の強い地域で同性愛が「法的に」認知されたこと、さらにこの法律によって、結婚していない「異性愛者」、つまり「シングル・マザー」(「未婚の母」)等の言葉でラベリングされ、社会的な差別を受けていた人たちへの偏見も解消されることにある(実際に、就職等の差別があったらしい)。
国会議員でゲイ・ライツ推進派のRegina Kluz さんは、「これは(法律の施行)はとても重要なことです。なぜなら同性愛について偏見や先入観なしに話し合え、オープンな議論ができるからです」と語っている。
土曜日, 3月 22, 2003
金曜日, 3月 21, 2003
[イギリス、ゲイ兵士のパートナーへ遺族年金支給]
昨日、アメリカにおけるゲイの兵士への差別待遇について書いたが、今回のイラク攻撃にアメリカとともに参加しているイギリスは、180度違う。
Same-sex partners of UK servicepeople will qualify for war pensions [Gay.com UK]
記事によると、イギリス国防省は、今回のイラク攻撃に参加しているゲイ&レズビアンの兵士が戦死した場合、(同性の)パートナーに対し、戦時年金を支給することを発表した。イギリスでは同性結婚は認められていないが、それに順ずる制度が施行されており、「実質的関係(a substantial relationship)」を重視した結果だ。
このイギリスの決定は、もちろん喜ばしいことであるが、しかし本当に喜ばしいことは、早く戦争が終結し、無事パートナーと再会することに決まっている。
昨日、アメリカにおけるゲイの兵士への差別待遇について書いたが、今回のイラク攻撃にアメリカとともに参加しているイギリスは、180度違う。
Same-sex partners of UK servicepeople will qualify for war pensions [Gay.com UK]
記事によると、イギリス国防省は、今回のイラク攻撃に参加しているゲイ&レズビアンの兵士が戦死した場合、(同性の)パートナーに対し、戦時年金を支給することを発表した。イギリスでは同性結婚は認められていないが、それに順ずる制度が施行されており、「実質的関係(a substantial relationship)」を重視した結果だ。
このイギリスの決定は、もちろん喜ばしいことであるが、しかし本当に喜ばしいことは、早く戦争が終結し、無事パートナーと再会することに決まっている。
木曜日, 3月 20, 2003
[ゲイ兵士の秘められた(秘めさせられた)送別]
クリントン政権の「妥協策」("don't ask, don't tell" policy)により、兵士のリクルートの際、面接官はセクシュアリティを質問しないこと、そして本人も自分が同性愛であることをカミング・アウトしない限り、ゲイ&レズビアンはアメリカの軍隊に所属できる(「とりあえず」職業選択の自由は守られる)。
しかし戦争が始まり、多くの「異性愛」の兵士が家族や恋人、パートナーに見守られながら前線に向かっていくのに対し、「同性愛」の兵士は、その「送別」を隠さざるを得ない。
Partners of Gay Soldiers Bid Farewell in Secret [gfn.com]
この記事では、J.Rという匿名のゲイの兵士が、"don't ask, don't tell" policyにおける問題点を指摘する。ここでは些細なこと、例えばストレートの兵士のようにガールフレンドからの手紙がこないことが、同性愛を怪しまれる原因となり、昇級にも影響するどころか、軍から放逐されてしまう。
だからJ.Rはパートナーから手紙を受け取ることもできないし、異性愛の兵士がするようにパートナーの写真を携帯することもできない。かわりに友人の女性に手紙を書いてもらい「カモフラージュ」する。
J.Rは言う。わたしたちは閉まったドアの内側で、(前線に旅立つのに際し)、密かに、パートナーに別れの言葉を言う、と。
クリントン政権の「妥協策」("don't ask, don't tell" policy)により、兵士のリクルートの際、面接官はセクシュアリティを質問しないこと、そして本人も自分が同性愛であることをカミング・アウトしない限り、ゲイ&レズビアンはアメリカの軍隊に所属できる(「とりあえず」職業選択の自由は守られる)。
しかし戦争が始まり、多くの「異性愛」の兵士が家族や恋人、パートナーに見守られながら前線に向かっていくのに対し、「同性愛」の兵士は、その「送別」を隠さざるを得ない。
Partners of Gay Soldiers Bid Farewell in Secret [gfn.com]
この記事では、J.Rという匿名のゲイの兵士が、"don't ask, don't tell" policyにおける問題点を指摘する。ここでは些細なこと、例えばストレートの兵士のようにガールフレンドからの手紙がこないことが、同性愛を怪しまれる原因となり、昇級にも影響するどころか、軍から放逐されてしまう。
だからJ.Rはパートナーから手紙を受け取ることもできないし、異性愛の兵士がするようにパートナーの写真を携帯することもできない。かわりに友人の女性に手紙を書いてもらい「カモフラージュ」する。
J.Rは言う。わたしたちは閉まったドアの内側で、(前線に旅立つのに際し)、密かに、パートナーに別れの言葉を言う、と。
[南アフリカ、ゲイ・カップルの権利を認める]
かつてアパルトヘイト政策を行い、人権抑圧の非難を受けていた南アフリカは、今では日本よりも遥かに人権尊重の国になった。
Equal benefits for SA gays [BBC NEWS]
記事によると、アフリカの高等裁判所は、ゲイ・カップルに対し、異性カップルと同等の経済的支援(例えば年金等)を制定した。
もともと南アフリカでは憲法により、性的指向による差別は禁じられており、また昨年には「恒久同性パートナー」(permanent same-sex relationships)に対し、養子縁組も認められていた。そして今度の裁判所の決定により、ほぼ異性カップルと同じ権利が同性愛者にも与えられたことになった(ただし「結婚」はまだ認められていない)。
かつてアパルトヘイト政策を行い、人権抑圧の非難を受けていた南アフリカは、今では日本よりも遥かに人権尊重の国になった。
Equal benefits for SA gays [BBC NEWS]
記事によると、アフリカの高等裁判所は、ゲイ・カップルに対し、異性カップルと同等の経済的支援(例えば年金等)を制定した。
もともと南アフリカでは憲法により、性的指向による差別は禁じられており、また昨年には「恒久同性パートナー」(permanent same-sex relationships)に対し、養子縁組も認められていた。そして今度の裁判所の決定により、ほぼ異性カップルと同じ権利が同性愛者にも与えられたことになった(ただし「結婚」はまだ認められていない)。
火曜日, 3月 11, 2003
金曜日, 3月 07, 2003
[セバスチアン・ジャプリゾ死去]
THE GUMSHOE SITE によると、『シンデレラの罠』の作者セバスチアン・ジャプリゾが、3月4日、亡くなりました。71歳でした。
『シンデレラの罠』を最初読んだときの興奮は今でも忘れられません。
ご冥福をお祈りいたします。
THE GUMSHOE SITE によると、『シンデレラの罠』の作者セバスチアン・ジャプリゾが、3月4日、亡くなりました。71歳でした。
『シンデレラの罠』を最初読んだときの興奮は今でも忘れられません。
ご冥福をお祈りいたします。
火曜日, 3月 04, 2003
[正常と相貌盲について]
OKさんの「だれもかれもがとち狂っている」?を読んで、どーしてもひとこと言いたくなったので書きます。
OKさんが書いている(笠井潔の意見を敷衍しての)
”馳星周の世界観は彼らに較べると古臭いのではないかと結論していたように記憶している。これは馳星周の煽り調子の「断言」におぼえる居心地の悪さを説明していて(……)”
というのは、要するに「精神分析医」のやり方と同じで、「とち狂った患者」に対して、「正常を自認する視点」で持って絶対的な「権力」を行使していることへの疑問と通じるように思える。だからこそ、馳星周の作品はある意味「エンターテイメントとして」成功しているのであるが、『オイディプス症候群』でフーコーを登場させ、「権力論」を提示した笠井氏はそこが引っ掛かっているのではないか、ということが一つ。
そこで吉野氏のゲシュタルト心理学の図版(ルビンの壷)の見え方の問題だけど、あれはある意味「恐ろしくはないはず」だと思うけど。というのは、同じような反転図形「ウサギ-アヒル」を使ってウィトゲンシュタインが「相貌盲(人)」──ウサギに見えたりアヒルに見えたりという反転体験が起こらない人─の考察で、彼は”実は「正常な人」はみんな相貌盲だ”と言っているからだ。要するに図形を見て(図形の上での)「ウサギ-アヒル」を反転することは、まあみんなある程度できるけれど、これが実生活での「ウサギ-アヒル」問題は、なかなかその反転を「知覚」し「理解」することが困難であるからだ。
これはさすが「同性愛者」であるウィトゲンシュタインならではだと思う。
例えばこの反転図形を、日常生活上で、「異性愛者」(ウサギ側)と「同性愛者」(アヒル側)として見た場合、どれだけ「反転」できるか、ということを考えればわかりやすいのではないか。つまり「異常とされる側=同性愛者=アヒル」は「相貌」を「意識」するが(相貌知覚)、「正常とされる側=異性愛者」はほとんど「相貌盲」ではないか、ということだ。つまり実際の「現実の」社会(異性愛至上社会)では、「相貌盲」は「恐ろしくない」はずだ。
ついでながら、このウィトゲンシュタインの「相貌盲」に関して永井均は面白いことを言っている。
”意味体験や相貌知覚を通してウィトゲンシュタインが考察した問題は、いわば「本質直感」の問題であった。彼は対象の新たな相貌が現われてくる体験を「相貌の閃き」と呼んで、「なかば視覚体験なかば思考」と評した。つまり、そこには何であるか(本質)が閃く(体験される)、というニ側面が含まれており、したがって、本質を理解できても知覚することができない表情盲性の相貌盲と、対象の諸属性は知覚できても内的関係(本質)を把握することができない解釈盲性の相貌盲が考えられるわけである”(『ウィトゲンシュタイン入門』、ちくま新書)
OKさんの「だれもかれもがとち狂っている」?を読んで、どーしてもひとこと言いたくなったので書きます。
OKさんが書いている(笠井潔の意見を敷衍しての)
”馳星周の世界観は彼らに較べると古臭いのではないかと結論していたように記憶している。これは馳星周の煽り調子の「断言」におぼえる居心地の悪さを説明していて(……)”
というのは、要するに「精神分析医」のやり方と同じで、「とち狂った患者」に対して、「正常を自認する視点」で持って絶対的な「権力」を行使していることへの疑問と通じるように思える。だからこそ、馳星周の作品はある意味「エンターテイメントとして」成功しているのであるが、『オイディプス症候群』でフーコーを登場させ、「権力論」を提示した笠井氏はそこが引っ掛かっているのではないか、ということが一つ。
そこで吉野氏のゲシュタルト心理学の図版(ルビンの壷)の見え方の問題だけど、あれはある意味「恐ろしくはないはず」だと思うけど。というのは、同じような反転図形「ウサギ-アヒル」を使ってウィトゲンシュタインが「相貌盲(人)」──ウサギに見えたりアヒルに見えたりという反転体験が起こらない人─の考察で、彼は”実は「正常な人」はみんな相貌盲だ”と言っているからだ。要するに図形を見て(図形の上での)「ウサギ-アヒル」を反転することは、まあみんなある程度できるけれど、これが実生活での「ウサギ-アヒル」問題は、なかなかその反転を「知覚」し「理解」することが困難であるからだ。
これはさすが「同性愛者」であるウィトゲンシュタインならではだと思う。
例えばこの反転図形を、日常生活上で、「異性愛者」(ウサギ側)と「同性愛者」(アヒル側)として見た場合、どれだけ「反転」できるか、ということを考えればわかりやすいのではないか。つまり「異常とされる側=同性愛者=アヒル」は「相貌」を「意識」するが(相貌知覚)、「正常とされる側=異性愛者」はほとんど「相貌盲」ではないか、ということだ。つまり実際の「現実の」社会(異性愛至上社会)では、「相貌盲」は「恐ろしくない」はずだ。
ついでながら、このウィトゲンシュタインの「相貌盲」に関して永井均は面白いことを言っている。
”意味体験や相貌知覚を通してウィトゲンシュタインが考察した問題は、いわば「本質直感」の問題であった。彼は対象の新たな相貌が現われてくる体験を「相貌の閃き」と呼んで、「なかば視覚体験なかば思考」と評した。つまり、そこには何であるか(本質)が閃く(体験される)、というニ側面が含まれており、したがって、本質を理解できても知覚することができない表情盲性の相貌盲と、対象の諸属性は知覚できても内的関係(本質)を把握することができない解釈盲性の相貌盲が考えられるわけである”(『ウィトゲンシュタイン入門』、ちくま新書)
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