[更新状況]
Iron Gate にドナ・タート『シークレット・ヒストリー』を追加しました。
(結局三日続けてドナ・タート)
木曜日, 11月 28, 2002
[ドナ・タートの聖地]
ええと、二日続けてドナ・タートです。だってこんなにハマッた小説は久しぶりなんだもん。
海外には彼女の熱烈なファンサイトがあって、Danna Tartt Shrine もその一つです。ここはとにかく内容が充実していて、ほとんどの情報が手に入ります。デザインもドナ・タートに相応しい美しさです。
このサイトで面白かったのは、『シークレット・ヒストリー』のキャラクター紹介があって、オーナーさんの好みなのか、フランシス・アバネイシィに力が入っていることです。
フランシスはゲイで、作品中でもアルフレッド・ダグラス(オスカー・ワイルドの恋人)やロベール・モンテスキュー(プルースト『失われた時を求めて』のシャルリュス男爵のモデル)のイメージで語られていますが、アルフレッドやモンテスキューの写真があるのは当然として、お洒落なフランシスが身に付けているアクセサリーの画像まで掲載されています。
人気投票では、ヘンリーがダントツですが、フランシスも主人公のリチャードといい勝負です。
また映画になったときのキャスティングは? という投票では
フランシス : ジュード・ロウ
リチャード : トビー・マクガイア
ヘンリー : ジョクイーン・フェニックス
カミラ : グイニス・パトロウ
チャールズ : ジュード・ロウ
バニー : クリス・クレイン
あたりが票を集めているようです。
ええと、二日続けてドナ・タートです。だってこんなにハマッた小説は久しぶりなんだもん。
海外には彼女の熱烈なファンサイトがあって、Danna Tartt Shrine もその一つです。ここはとにかく内容が充実していて、ほとんどの情報が手に入ります。デザインもドナ・タートに相応しい美しさです。
このサイトで面白かったのは、『シークレット・ヒストリー』のキャラクター紹介があって、オーナーさんの好みなのか、フランシス・アバネイシィに力が入っていることです。
フランシスはゲイで、作品中でもアルフレッド・ダグラス(オスカー・ワイルドの恋人)やロベール・モンテスキュー(プルースト『失われた時を求めて』のシャルリュス男爵のモデル)のイメージで語られていますが、アルフレッドやモンテスキューの写真があるのは当然として、お洒落なフランシスが身に付けているアクセサリーの画像まで掲載されています。
人気投票では、ヘンリーがダントツですが、フランシスも主人公のリチャードといい勝負です。
また映画になったときのキャスティングは? という投票では
フランシス : ジュード・ロウ
リチャード : トビー・マクガイア
ヘンリー : ジョクイーン・フェニックス
カミラ : グイニス・パトロウ
チャールズ : ジュード・ロウ
バニー : クリス・クレイン
あたりが票を集めているようです。
水曜日, 11月 27, 2002
[ドナ・タート、新作を語る]
10年ぶりの新作、『The Little Friend』が絶好調のドナ・タート。SFGate(San Francisco Chronicle)の読書欄でも特集記事が掲載されている。
Donna Tartt is back. This time, with full orchestra
これによると、ミリオンセラーを記録した『シークレット・ヒストリー』(扶桑社ミステリー)は、『ソフィーの選択』『推定無罪』『ペリカン文書』のアラン・パクラ(Alan Pakula)が映画化権を取得したものの、パクラが死亡してしまい、計画は流れてしまったようだ。残念。(誘惑的なフランシス──彼はゲイ──の役を楽しみにしていたのだが)
で、新作の『The Little Friend』は、タートによれば──『シークレット・ヒストリー』が一人称によるソロ楽器による「コンチェルト」ならば──『戦争と平和』のような多楽章、多声部、多楽器による「フル・オーケストラ」のようなものだという。
そして彼女はソフォクレス、コンラッド、キプリング、ルイス・キャロル、ヘンリー・ジェイムズ、そしてディケンズを引用しながら自作を語り、さらに南部の作家としての自分の「血統」(フォークナーのような)を意識し始めたということだ。
『シークレット・ヒストリー』に劣らず重厚でロマンティックな感じがする新作『The Little Friend』も早く「日本語」で読みたい。
10年ぶりの新作、『The Little Friend』が絶好調のドナ・タート。SFGate(San Francisco Chronicle)の読書欄でも特集記事が掲載されている。
Donna Tartt is back. This time, with full orchestra
これによると、ミリオンセラーを記録した『シークレット・ヒストリー』(扶桑社ミステリー)は、『ソフィーの選択』『推定無罪』『ペリカン文書』のアラン・パクラ(Alan Pakula)が映画化権を取得したものの、パクラが死亡してしまい、計画は流れてしまったようだ。残念。(誘惑的なフランシス──彼はゲイ──の役を楽しみにしていたのだが)
で、新作の『The Little Friend』は、タートによれば──『シークレット・ヒストリー』が一人称によるソロ楽器による「コンチェルト」ならば──『戦争と平和』のような多楽章、多声部、多楽器による「フル・オーケストラ」のようなものだという。
そして彼女はソフォクレス、コンラッド、キプリング、ルイス・キャロル、ヘンリー・ジェイムズ、そしてディケンズを引用しながら自作を語り、さらに南部の作家としての自分の「血統」(フォークナーのような)を意識し始めたということだ。
『シークレット・ヒストリー』に劣らず重厚でロマンティックな感じがする新作『The Little Friend』も早く「日本語」で読みたい。
火曜日, 11月 26, 2002
[オリヴァー・ストーンのアレクサンザー大王、中止か]
Advocate の記事によると、オリヴァー・ストーン監督が計画していたアレキサンダー大王の生涯を描く映画「Alexander the Great」が中止になる模様。
Oliver Stone's Alexander the Great movie may be history
理由は、『ムーラン・ルージュ』の監督バズ・ラーマンが、同じくアレキサンダー大王の映画をプロジェクトしており、しかもレオナルド・デカプリオが主演だということらしい。
……で、なぜこの記事が advocate に載っているかというと、アレキサンダー大王がゲイであることは周知の事実らしく(記事でも”gay conqueror Alexander ”と書いてある)、映画も当然そういったことが描かれるはずだからだろう。
それにしても、バズ・ラーマン&デカプリオはちょっと出来すぎのような……。
Advocate の記事によると、オリヴァー・ストーン監督が計画していたアレキサンダー大王の生涯を描く映画「Alexander the Great」が中止になる模様。
Oliver Stone's Alexander the Great movie may be history
理由は、『ムーラン・ルージュ』の監督バズ・ラーマンが、同じくアレキサンダー大王の映画をプロジェクトしており、しかもレオナルド・デカプリオが主演だということらしい。
……で、なぜこの記事が advocate に載っているかというと、アレキサンダー大王がゲイであることは周知の事実らしく(記事でも”gay conqueror Alexander ”と書いてある)、映画も当然そういったことが描かれるはずだからだろう。
それにしても、バズ・ラーマン&デカプリオはちょっと出来すぎのような……。
日曜日, 11月 24, 2002
ハーヴァードの醜聞、明らかになる
ハーヴァード大学の暗い過去が、学生新聞により明らかになった。
'20s Harvard scandal exposed
今から82年前、ハーヴァード大学で二人の男子学生が自殺をし、数人の学生、教師が大学を辞めさせられた。その理由は彼らがゲイだったからだ──クリムゾン・リポーターの Amit R. Paley 氏は、当時ハーバード大学に設置された「秘密の裁判」の記録を発見し、それについて取材し、記事を公表した。
Paley 氏が最初、大学の記録文書に不審を抱いたのは、「秘密の裁判」と書かれた部分にある汚れに気づき、隠された「章」の存在を確信したことによる。
このことにより、6人の学生と1人の教員が同性愛のため大学を追われ、さらに2人のストレートの学生がゲイの学生との「交流」により、学校を辞めさせられたことがわかった。
Paley 氏の記事は、1人1人、犠牲になった人物たちを紹介する。1920年に自殺した Cyril Wilcox──彼の寮の部屋に "faggoty parties'' という中傷文書があった──からスタートし、同性愛が原因で大学を出ていった人たちを追う。
その中で興味深いのは自身はゲイではなく、ゲイの学生たちと交流があったため「罪」に問われた Joseph E. Lumbard 氏。彼の孫である Lumbard 氏は祖父のことを「本当にリベラルな心の持ち主であった」と語った。
ハーヴァード大学学長 Lawrence Summers 氏は、この記事の事実と犠牲になった学生、並びにその家族に対し、遺憾の意を示した。
現在の学生の1人は、当時の大学の体制を「ばかげたこと」と非難する。1974年度の学生で、ハーヴァード・ゲイ&レズビアン幹部会メンバーの Tom Parry 氏は「過去に起こった典型的に悲しいことの一つだ……しかし現在のハーヴァードは(その当時と違い)変わった」と語った。
この記事を読んで思うのは──とくに自殺したゲイの学生に対し ``faggoty parties'' という中傷文が投げつけられたことに非常に憤りを感じる。なぜならば、日本でも同じように、「やおい」関係者が、人権上問題になり回収されたゲイを愚弄する文書をWebに転載し、馬鹿にしたコメントを書いているからだ。
いったい21世紀になって、どうして20世紀の「愚行」を繰り返すのだろう。当時のハーヴァードでさえ Joseph E. Lumbard 氏のような、ゲイを庇い、そのために学校を退学した人物がいるというのに、「同性愛」を扱っている「やおい」関係者たちが、率先してゲイを愚弄した「中傷文」を載せ、遊んでいるとは。
あきれてものも言えない。
ハーヴァード大学の暗い過去が、学生新聞により明らかになった。
'20s Harvard scandal exposed
今から82年前、ハーヴァード大学で二人の男子学生が自殺をし、数人の学生、教師が大学を辞めさせられた。その理由は彼らがゲイだったからだ──クリムゾン・リポーターの Amit R. Paley 氏は、当時ハーバード大学に設置された「秘密の裁判」の記録を発見し、それについて取材し、記事を公表した。
Paley 氏が最初、大学の記録文書に不審を抱いたのは、「秘密の裁判」と書かれた部分にある汚れに気づき、隠された「章」の存在を確信したことによる。
このことにより、6人の学生と1人の教員が同性愛のため大学を追われ、さらに2人のストレートの学生がゲイの学生との「交流」により、学校を辞めさせられたことがわかった。
Paley 氏の記事は、1人1人、犠牲になった人物たちを紹介する。1920年に自殺した Cyril Wilcox──彼の寮の部屋に "faggoty parties'' という中傷文書があった──からスタートし、同性愛が原因で大学を出ていった人たちを追う。
その中で興味深いのは自身はゲイではなく、ゲイの学生たちと交流があったため「罪」に問われた Joseph E. Lumbard 氏。彼の孫である Lumbard 氏は祖父のことを「本当にリベラルな心の持ち主であった」と語った。
ハーヴァード大学学長 Lawrence Summers 氏は、この記事の事実と犠牲になった学生、並びにその家族に対し、遺憾の意を示した。
現在の学生の1人は、当時の大学の体制を「ばかげたこと」と非難する。1974年度の学生で、ハーヴァード・ゲイ&レズビアン幹部会メンバーの Tom Parry 氏は「過去に起こった典型的に悲しいことの一つだ……しかし現在のハーヴァードは(その当時と違い)変わった」と語った。
この記事を読んで思うのは──とくに自殺したゲイの学生に対し ``faggoty parties'' という中傷文が投げつけられたことに非常に憤りを感じる。なぜならば、日本でも同じように、「やおい」関係者が、人権上問題になり回収されたゲイを愚弄する文書をWebに転載し、馬鹿にしたコメントを書いているからだ。
いったい21世紀になって、どうして20世紀の「愚行」を繰り返すのだろう。当時のハーヴァードでさえ Joseph E. Lumbard 氏のような、ゲイを庇い、そのために学校を退学した人物がいるというのに、「同性愛」を扱っている「やおい」関係者たちが、率先してゲイを愚弄した「中傷文」を載せ、遊んでいるとは。
あきれてものも言えない。
土曜日, 11月 23, 2002
ウィル&グレイス、絶好調
NHKでも放映しているゲイ・テーマのシット・コム『ウィル&グレイス』。今日のエピソードもなかなか面白かったが(ウィルとジャックのキスシーンがあったし)、本家のアメリカNBCでは、記念すべきエピソード100でなんとグレイス(デブラ・メッシング)がレオ(ハリー・コニック Jr.)と結婚! advocate の記事によると、これがかなりの高視聴率を記録したようで、マット・デイモンがゲスト出演したエピソードに次ぎ、約2440万人が番組を見たそうだ。
Will & Grace wedding episode delivers high ratings
NHKでも放映しているゲイ・テーマのシット・コム『ウィル&グレイス』。今日のエピソードもなかなか面白かったが(ウィルとジャックのキスシーンがあったし)、本家のアメリカNBCでは、記念すべきエピソード100でなんとグレイス(デブラ・メッシング)がレオ(ハリー・コニック Jr.)と結婚! advocate の記事によると、これがかなりの高視聴率を記録したようで、マット・デイモンがゲスト出演したエピソードに次ぎ、約2440万人が番組を見たそうだ。
Will & Grace wedding episode delivers high ratings
金曜日, 11月 22, 2002
ジョディ・フォスター監督『Flora Plum 』にユアン・マクレガー
レズビアン・アイコンのジョディ・フォスターの監督作品『Flora Plum 』は、2000年に撮影スタートのはずだったが、ラッセル・クロウの怪我により中断。その後、ラッセル・クロウは役を降りてしまったが、しかしこのたびクロウの代わりにユアン・マクレガー主演で、プロジェクトが再開した。
Jodie Foster's Plum back in play
この映画はサーカスが舞台で、ユアンはサーカスの「フリークス」という役。個人的にはラッセル・クロウよりもユアン・マクレガーのほうがタイプなので、ちょっと楽しみ。
他にメリル・ストリープにも出演を打診している模様。
レズビアン・アイコンのジョディ・フォスターの監督作品『Flora Plum 』は、2000年に撮影スタートのはずだったが、ラッセル・クロウの怪我により中断。その後、ラッセル・クロウは役を降りてしまったが、しかしこのたびクロウの代わりにユアン・マクレガー主演で、プロジェクトが再開した。
Jodie Foster's Plum back in play
この映画はサーカスが舞台で、ユアンはサーカスの「フリークス」という役。個人的にはラッセル・クロウよりもユアン・マクレガーのほうがタイプなので、ちょっと楽しみ。
他にメリル・ストリープにも出演を打診している模様。
[デイヴィッド・ピースの特集記事]
それほど関心があったわけではなく、ただなんとなくその記事を読んでいたら、興味をそそる文章にぶち当たった。
Crime Time に掲載されたデイヴィッド・ピースの特集記事で、ここでピースは『1980』(Nineteen Eighty)は画家のフランシス・ベイコンの影響──とくに構成と色彩に関して──を受けたということだ。
フランシス・ベイコン! この言葉が出てくるだけで、デイヴィッド・ピースに対する見方が変わった。フランシス・ベイコンは僕の大好きな画家で、英国No1のアーティストだと思う。そしてその作品はまさに「ノワール」そのもので、戦慄のイマジネーションを掻き立てる素晴らしいものだ(ジル・ドゥルーズのベイコン論はいつ出るんだ!)。
そのベイコン作品の構成や色彩に影響を受けた「小説」というものが、どういうものなのか──たとえ?なものであっても──とても気になりだした。近いうちに読んでみよう。
それとその記事で面白かったのは、デイヴィッド・ピースは──日本滞在の経験があるからなのか──、芥川龍之介や中上健次を気に入っているらしく、とくに中上健次の作品は、ジェイムズ・M・ケインやジム・トンプスンに比すべきものだと述べている。中上健次の作品は(当然のごとく)『讃歌』しか読んでなく、その露悪趣味に辟易してあまり良い印象はないのだが、ジム・ドンプスンとの比較はちょっと興味深い。さらにピースはイギリスで馳星周の作品が読めないことは恥ずべきことだとも言っている。
この記事を読むと、デイヴィッド・ピースって、あのサングラスのいかついイメージと違い、文学通で(最も影響を受けたのがダンテだそうだ)意外に折り目正しい紳士のようだ。
それほど関心があったわけではなく、ただなんとなくその記事を読んでいたら、興味をそそる文章にぶち当たった。
Crime Time に掲載されたデイヴィッド・ピースの特集記事で、ここでピースは『1980』(Nineteen Eighty)は画家のフランシス・ベイコンの影響──とくに構成と色彩に関して──を受けたということだ。
フランシス・ベイコン! この言葉が出てくるだけで、デイヴィッド・ピースに対する見方が変わった。フランシス・ベイコンは僕の大好きな画家で、英国No1のアーティストだと思う。そしてその作品はまさに「ノワール」そのもので、戦慄のイマジネーションを掻き立てる素晴らしいものだ(ジル・ドゥルーズのベイコン論はいつ出るんだ!)。
そのベイコン作品の構成や色彩に影響を受けた「小説」というものが、どういうものなのか──たとえ?なものであっても──とても気になりだした。近いうちに読んでみよう。
それとその記事で面白かったのは、デイヴィッド・ピースは──日本滞在の経験があるからなのか──、芥川龍之介や中上健次を気に入っているらしく、とくに中上健次の作品は、ジェイムズ・M・ケインやジム・トンプスンに比すべきものだと述べている。中上健次の作品は(当然のごとく)『讃歌』しか読んでなく、その露悪趣味に辟易してあまり良い印象はないのだが、ジム・ドンプスンとの比較はちょっと興味深い。さらにピースはイギリスで馳星周の作品が読めないことは恥ずべきことだとも言っている。
この記事を読むと、デイヴィッド・ピースって、あのサングラスのいかついイメージと違い、文学通で(最も影響を受けたのがダンテだそうだ)意外に折り目正しい紳士のようだ。
水曜日, 11月 20, 2002
[ Mike Henson 逝去]
80年代後半から90年代始め、ゲイ・ポルノスターとして活躍した Mike Henson (本名 Kenneth Seymour)が、2002年9月20日、亡くなりました。死因はドラッグ中毒のようです。
dead porn stars
Mike Henson というと、個人的に Joey Stefano と共演した "More Of a Man"(All Worlds) という作品が忘れられません。単なるポルノを超えた素晴らしい「ゲイ映画」で、とくに Joey と Mike がゲイ・パレードの最中に愛し合うシーンは 感動以外の何物でもありません。 Joey もすでに亡くなっており、 Mike もいなくなってしまってとても寂しいです。
Mike Henson, 1964-2002
When we two parted In silence and tears,
Half broken-hearted, To sever for years,
-------------------------
In secret we met: In silence I greive
That thy heart could forget,
Thy spirit deceive.
If I should meet thee After long years,
How should I greet thee? --
With silence and tears.
by George Gordon Byron
80年代後半から90年代始め、ゲイ・ポルノスターとして活躍した Mike Henson (本名 Kenneth Seymour)が、2002年9月20日、亡くなりました。死因はドラッグ中毒のようです。
dead porn stars
Mike Henson というと、個人的に Joey Stefano と共演した "More Of a Man"(All Worlds) という作品が忘れられません。単なるポルノを超えた素晴らしい「ゲイ映画」で、とくに Joey と Mike がゲイ・パレードの最中に愛し合うシーンは 感動以外の何物でもありません。 Joey もすでに亡くなっており、 Mike もいなくなってしまってとても寂しいです。
Mike Henson, 1964-2002
When we two parted In silence and tears,
Half broken-hearted, To sever for years,
-------------------------
In secret we met: In silence I greive
That thy heart could forget,
Thy spirit deceive.
If I should meet thee After long years,
How should I greet thee? --
With silence and tears.
by George Gordon Byron
以前、Radical Will に書いた、オープンリー・ゲイで暴漢に襲われたパリ市長ドラノエ氏が、無事、公務に復帰しました。
Paris mayor back at work
まだ医師の診断を仰がなくてはならない状況のようですが、とりあえず仕事に復帰できたことを喜びたいと思います。
Paris mayor back at work
まだ医師の診断を仰がなくてはならない状況のようですが、とりあえず仕事に復帰できたことを喜びたいと思います。
月曜日, 11月 18, 2002
ブック・モバイルから学んだこと
オライリーのWebサイトにもブック・モバイルについての記事がありました。
Lessons from the Internet Bookmobile
この記事によると、インターネット・ブック・モバイルを始めるきっかけとなったのは、Eldred v. Ashcroft という著作権延長の争いで、これはもともとミッキー・マウスの著作権絡みのことだったようです。
Mickey Mouse vs. The People
Lawrence Lessig 氏は、ミッキー・マウスなんか忘れろ! 私たちの文化に本当に必要なのは Brewster がしていること、 Eldred がしていることだ、と憤っています。Eric Eldred 氏は原告の出版人で、Brewster Kahle 氏は Internet Archive のディレクターでブック・モバイルの提唱者です。
(ちなみにアシュクロフト司法長官は保守派で知られ、司法長官任命の際、民主党の反対によって就任がかなり遅れました。その一つが同性愛者に対する過去の冷遇処置で、ゲイのアメリカ大使の任官をしぶった「前科」があります)
この記事を書いている Richard Koman 氏は、Brewster 氏とともに、HPのプリンター、二つのラップトップPC、製本機、裁断機をもってブック・モバイルに乗り込み、アメリカを横断したそうです。
オライリーのWebサイトにもブック・モバイルについての記事がありました。
Lessons from the Internet Bookmobile
この記事によると、インターネット・ブック・モバイルを始めるきっかけとなったのは、Eldred v. Ashcroft という著作権延長の争いで、これはもともとミッキー・マウスの著作権絡みのことだったようです。
Mickey Mouse vs. The People
Lawrence Lessig 氏は、ミッキー・マウスなんか忘れろ! 私たちの文化に本当に必要なのは Brewster がしていること、 Eldred がしていることだ、と憤っています。Eric Eldred 氏は原告の出版人で、Brewster Kahle 氏は Internet Archive のディレクターでブック・モバイルの提唱者です。
(ちなみにアシュクロフト司法長官は保守派で知られ、司法長官任命の際、民主党の反対によって就任がかなり遅れました。その一つが同性愛者に対する過去の冷遇処置で、ゲイのアメリカ大使の任官をしぶった「前科」があります)
この記事を書いている Richard Koman 氏は、Brewster 氏とともに、HPのプリンター、二つのラップトップPC、製本機、裁断機をもってブック・モバイルに乗り込み、アメリカを横断したそうです。
ブック・モバイル、オン・ザ・ロード
インターネット上のパブリック・ドメイン(著作権フリー)の「テクスト」を印刷し製本する Bookmobile が文字通り全米を走り回りました。
http://www.archive.org/texts/bookmobile.php
2002年9月30日から始まったこのデモンストレーションは、衛星回線よりダウンロードしたネット上の著作権フリーのデジタルブックを、「いつでも、どこでも、だれにでも」というコンセプトのもと、印刷製本を行うものです。サンフランシスコからワシントンDCまで移動しながら、学校や図書館、老人ホーム等、本を必要としている人たちのいる場所へとブック・モバイルは走り続けます。
なぜ2002年9月30日からなのか? それには理由があります。最高裁において行われた著作権の延長に関する審議のためです。著作権の有効期限が長くなると、それだけパブリック・ドメインの「図書館」が影響を受けます。試算では、この著作権延長により、20年間、新しい本がパブリック・ドメイン図書館に入らないことになるということです。
Bookmobile は10月9日、歴史的な審議が行われているワシントンDCの最高裁判所へ向かいました。
インターネット上のパブリック・ドメイン(著作権フリー)の「テクスト」を印刷し製本する Bookmobile が文字通り全米を走り回りました。
http://www.archive.org/texts/bookmobile.php
2002年9月30日から始まったこのデモンストレーションは、衛星回線よりダウンロードしたネット上の著作権フリーのデジタルブックを、「いつでも、どこでも、だれにでも」というコンセプトのもと、印刷製本を行うものです。サンフランシスコからワシントンDCまで移動しながら、学校や図書館、老人ホーム等、本を必要としている人たちのいる場所へとブック・モバイルは走り続けます。
なぜ2002年9月30日からなのか? それには理由があります。最高裁において行われた著作権の延長に関する審議のためです。著作権の有効期限が長くなると、それだけパブリック・ドメインの「図書館」が影響を受けます。試算では、この著作権延長により、20年間、新しい本がパブリック・ドメイン図書館に入らないことになるということです。
Bookmobile は10月9日、歴史的な審議が行われているワシントンDCの最高裁判所へ向かいました。
日曜日, 11月 17, 2002
BLOGGER 、なかなか良い感じです。テンプレートもスクリプト部分以外はシンプルで、スタイルシートで簡単に修正ができ、なにより外部PCでのFTP操作がラク。本格的に使用することにしました。タイトルも"MINORITY REPORT"に変更。
ドナ・タートの『シークレット・ヒストリー』に感化されて、このところギリシア三昧。もともとプラトンは好きでよく読んでいたのですが、今は古典中の古典、ホメロス『イリアス』を読んでいます。いやー、アキレウス、凛々しくてカッコイイ。ストーリーはだいだい知っているので、読みどころは「親友」パトロクロスが戦死して、悲しみに打ちひしがれながらも弔い合戦をするアキレウスの勇姿。
いちおう『図説ギリシア神話』(ふくろうの本シリーズ)という本を見て、神々の系図や人間関係を整理しながら読んでますが、この本自体もなかなか良くて、美しい彫刻や絵画が満載です。とくにプラクシテレスのヘルメス像やアルカメネスのアレス像は最高に素晴らしい(セクシー)です。
他に読書中なのは、丹波隆子『はじめてのギリシア悲劇』、星野力『甦るチューリング』、野矢茂樹『ウィトゲンシュタイン”論理哲学論考”を読む』。
ドナ・タートの『シークレット・ヒストリー』に感化されて、このところギリシア三昧。もともとプラトンは好きでよく読んでいたのですが、今は古典中の古典、ホメロス『イリアス』を読んでいます。いやー、アキレウス、凛々しくてカッコイイ。ストーリーはだいだい知っているので、読みどころは「親友」パトロクロスが戦死して、悲しみに打ちひしがれながらも弔い合戦をするアキレウスの勇姿。
いちおう『図説ギリシア神話』(ふくろうの本シリーズ)という本を見て、神々の系図や人間関係を整理しながら読んでますが、この本自体もなかなか良くて、美しい彫刻や絵画が満載です。とくにプラクシテレスのヘルメス像やアルカメネスのアレス像は最高に素晴らしい(セクシー)です。
他に読書中なのは、丹波隆子『はじめてのギリシア悲劇』、星野力『甦るチューリング』、野矢茂樹『ウィトゲンシュタイン”論理哲学論考”を読む』。
金曜日, 11月 15, 2002
スーパーエディターこと安原顯氏が癌で余命が1ヶ月以内というのを本人がbk1のサイトで述べられていて、びっくりしました。
ヤスケンのブックサイト
安原顯氏というと、その歯に衣着せぬ物言いが「何、この人?」とか思ったりしましたが、その口調自体がわりと好きだったりするんですよね。
そして彼の編集で真っ先に思い出すのが、角川文庫から出ていた『読書の快楽』や『活字中毒養成ギブス』あたりの「ぼくらはカルチャー探偵団編」による一連のブックガイド。これらのブックガイドにはいろいろとお世話になり、この本により読書の幅もかなり広がりました。
今手元にあるのは『活字中毒養成ギブス』だけですが、ここに安原顯氏の「文庫化希望リスト」にスーザン・ソンタグの『反解釈』があって、今は無事ちくま学芸文庫になっているのを見るにつけ、とても感慨深い気がします。
それにしても「ヤスケンのブックサイト」では、相変わらずハイテンションの文章が綴られており、とても癌患者とは思えないバイタリティが感じられます。とくに10月24日の編集長日記!で、ミシェル・フーコーの「コレージュ・ド・フランスでの講義集全13巻」の刊行に際し、「この、本の売れぬ、超貧乏かつ白痴豚国家日本にも、「筑摩書房」のような会社がまだ存在することに超感動し、希望もわいてくる」とかなり飛ばしています。
フーコーは難解なイメージがあってなかなか手が出せなかったのですが、「講義集」だったら取っ付きやすいかな。笠井潔の『オイディプス症候群』の影響もあり、ちょっとトライしてみたい気になりました。
ヤスケンのブックサイト
安原顯氏というと、その歯に衣着せぬ物言いが「何、この人?」とか思ったりしましたが、その口調自体がわりと好きだったりするんですよね。
そして彼の編集で真っ先に思い出すのが、角川文庫から出ていた『読書の快楽』や『活字中毒養成ギブス』あたりの「ぼくらはカルチャー探偵団編」による一連のブックガイド。これらのブックガイドにはいろいろとお世話になり、この本により読書の幅もかなり広がりました。
今手元にあるのは『活字中毒養成ギブス』だけですが、ここに安原顯氏の「文庫化希望リスト」にスーザン・ソンタグの『反解釈』があって、今は無事ちくま学芸文庫になっているのを見るにつけ、とても感慨深い気がします。
それにしても「ヤスケンのブックサイト」では、相変わらずハイテンションの文章が綴られており、とても癌患者とは思えないバイタリティが感じられます。とくに10月24日の編集長日記!で、ミシェル・フーコーの「コレージュ・ド・フランスでの講義集全13巻」の刊行に際し、「この、本の売れぬ、超貧乏かつ白痴豚国家日本にも、「筑摩書房」のような会社がまだ存在することに超感動し、希望もわいてくる」とかなり飛ばしています。
フーコーは難解なイメージがあってなかなか手が出せなかったのですが、「講義集」だったら取っ付きやすいかな。笠井潔の『オイディプス症候群』の影響もあり、ちょっとトライしてみたい気になりました。
木曜日, 11月 14, 2002
ゲイであることをカミングアウトした元NFL選手エセラ・トゥアオロ(Esera Tuaolo)氏の「夫」ミッチェル・ウェアリー(Mitchell Wherley)氏のインタビューがAdvocate のサイトに載ってました。
Husband to a gay NFL player
この記事によると、ミッチェルが最初にエセラと会ったのはミネアポリスのマクドナルド。ミッチェルはエセラのことを魅力的で美しい声の持ち主だと思ったが、そのときは、エセラは自分のことなんかに目もくれないだろうと思っていたそうだ。
しかし1ヶ月後二人はミネアポリスのゲイ・バーで再会する。ミッチェルは電話番号を教え、そしてエセラから電話が掛かってくる。こうして二人の交際が始まった。
二人のデートは金曜日に会って、日曜日に別れる(みんなそうだよね)。二人はヨーロッパに旅行にも行ったそうだ(しかもミッチェルの家族同伴で!)
もちろん相手はNFL選手という有名人。二人はチームのホームタウンを避けてデートをし、ミッチェルが試合を見に行ったときには、彼の「肩書き」は「エージェント」だったり「マネージャー」といろいろと工夫を凝らしたそうだ。ミッチェルはテレビでボーイフレンドの活躍を見、彼からの電話を待ち、その電話で彼を励ました。
面白いのはミッチェルはもともとアメフトのファンではなかったが、エセラと付き合うようになってからファンになったということ。そしてエセラは料理好きで腕前もかなりのものらしい。
まあ、ちょっとノロケの入ったインタビューですね。
Husband to a gay NFL player
この記事によると、ミッチェルが最初にエセラと会ったのはミネアポリスのマクドナルド。ミッチェルはエセラのことを魅力的で美しい声の持ち主だと思ったが、そのときは、エセラは自分のことなんかに目もくれないだろうと思っていたそうだ。
しかし1ヶ月後二人はミネアポリスのゲイ・バーで再会する。ミッチェルは電話番号を教え、そしてエセラから電話が掛かってくる。こうして二人の交際が始まった。
二人のデートは金曜日に会って、日曜日に別れる(みんなそうだよね)。二人はヨーロッパに旅行にも行ったそうだ(しかもミッチェルの家族同伴で!)
もちろん相手はNFL選手という有名人。二人はチームのホームタウンを避けてデートをし、ミッチェルが試合を見に行ったときには、彼の「肩書き」は「エージェント」だったり「マネージャー」といろいろと工夫を凝らしたそうだ。ミッチェルはテレビでボーイフレンドの活躍を見、彼からの電話を待ち、その電話で彼を励ました。
面白いのはミッチェルはもともとアメフトのファンではなかったが、エセラと付き合うようになってからファンになったということ。そしてエセラは料理好きで腕前もかなりのものらしい。
まあ、ちょっとノロケの入ったインタビューですね。
水曜日, 11月 13, 2002
シオドア・スタージョンの『たとえ世界を失っても』を訳した大森望氏だから、その文章にいつも何かしら期待していたが、所詮他の評論家と変わらなかったのかと思うと、とても残念な気分だ。
有名な大森氏のサイトの11月の日記には《NEXT賞》の所感が書いてある。その内容をひとことで言えば「同性愛=変態」ということだ。過激な作品をただ単に明快に表しただけなのかもしれないが、どうしてこんな、まるでやる気のないB級映画に「官能」や「禁断」という興味本位の言葉をくっつけて売り出しただけのような表現しか出来ないのだろう(その作品は同性愛者を変態として、すなわち差別的に描いているのだろうか)。
そして「変態的セックスがフィーチャーされている」とあるが、言わせてもらうと、同性愛者が同性とセックスすることはまったくの「自然」で「正常」なことだ。その代わり異性愛者(両性愛者ではない)が同性とセックスをするならば「変態」と呼んでもさしつかえないだろう。だが、それにもかかわらず、高城響の文章のように、本末転倒な「やおい」論が存在する。
これまで大森氏のジャンルを横断するような、それでいながらジャンルを尊重し、そのジャンルに適した文章で綴られた評論はいつも気になっていた。SFや本格ミステリに限らず、「月刊アスキー」の連載記事でも技術偏重──専門語、新語、ハヤリ語を並べただけ──のものと違って、技術の冷静さよりも、なんとなく「コミュニティの暖かさ」を感じさせるものであったが、最近はどうもつまらない、と感じていた。いや、「同性愛=変態」という短絡的な書き方を見て、「つまらなかった」ことを「理解」しただけなのかもしれない。それともただ単に大森氏が年齢に相応しい「常識」と「良識」がその文章に伺えるようになったから、そう感じるのかもしれない。
ホモセクシュアルという言葉は1868年、あるドイツ人医師によって考案されたと言う。精神医学の擬似(えせ)科学思考は、より良い支配のための振り分け(切断)を通して、粗野な偏狭さを文明化された偏狭さへと取り替えたに過ぎない。
何故、社会はいつも精神医学者ばかりに発言させ、──臨床における「症例」の悲しげな繰り言は別として──同性愛者たちには発言のチャンスを与えようとしないのだろうか。
ギィー・オッカンガム『ホモセクシュアルな欲望』(関修訳、学陽書房)
有名な大森氏のサイトの11月の日記には《NEXT賞》の所感が書いてある。その内容をひとことで言えば「同性愛=変態」ということだ。過激な作品をただ単に明快に表しただけなのかもしれないが、どうしてこんな、まるでやる気のないB級映画に「官能」や「禁断」という興味本位の言葉をくっつけて売り出しただけのような表現しか出来ないのだろう(その作品は同性愛者を変態として、すなわち差別的に描いているのだろうか)。
そして「変態的セックスがフィーチャーされている」とあるが、言わせてもらうと、同性愛者が同性とセックスすることはまったくの「自然」で「正常」なことだ。その代わり異性愛者(両性愛者ではない)が同性とセックスをするならば「変態」と呼んでもさしつかえないだろう。だが、それにもかかわらず、高城響の文章のように、本末転倒な「やおい」論が存在する。
これまで大森氏のジャンルを横断するような、それでいながらジャンルを尊重し、そのジャンルに適した文章で綴られた評論はいつも気になっていた。SFや本格ミステリに限らず、「月刊アスキー」の連載記事でも技術偏重──専門語、新語、ハヤリ語を並べただけ──のものと違って、技術の冷静さよりも、なんとなく「コミュニティの暖かさ」を感じさせるものであったが、最近はどうもつまらない、と感じていた。いや、「同性愛=変態」という短絡的な書き方を見て、「つまらなかった」ことを「理解」しただけなのかもしれない。それともただ単に大森氏が年齢に相応しい「常識」と「良識」がその文章に伺えるようになったから、そう感じるのかもしれない。
ホモセクシュアルという言葉は1868年、あるドイツ人医師によって考案されたと言う。精神医学の擬似(えせ)科学思考は、より良い支配のための振り分け(切断)を通して、粗野な偏狭さを文明化された偏狭さへと取り替えたに過ぎない。
何故、社会はいつも精神医学者ばかりに発言させ、──臨床における「症例」の悲しげな繰り言は別として──同性愛者たちには発言のチャンスを与えようとしないのだろうか。
ギィー・オッカンガム『ホモセクシュアルな欲望』(関修訳、学陽書房)
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